松本雅之個展

5.14(Wed) – 5.30(Fri) 2003

PM12:30PM7:30  Closed on Sunday

 


今展DM (A4) 表裏












開催日程
2003年05月14日~05月30日

 

「廃油の海に・・・」                    原美術館学芸員 青野和子

国道16号線-横須賀・厚木・座間・横田・・・いくつもの米軍基地を南北に繋ぐ(かつて旧・日本軍の軍用道路であった)この道のほど近くに、松本雅之が勤務する大学がある。2003年春、そこは本展のための作品制作の現場ともなった。

ときはまさにイラク戦争の胎動から開戦、バグダッド陥落、終結、戦後処理(あるいは新たな火種)へと向かってゆく最中。アトリエでは、日々刻々と動く戦況を伝えるFENが高音量で響き、廃油の匂いが鼻をついた。

初めてその作品を目にした瞬間、私は、「松本氏は発表の機会に恵まれなくともこれを作ったに違いない。」と直感した。一昨年の9.11以来、「平和」のスローガンを掲げた発言と議論が、あらゆる分野で活発に展開されていることは周知のとおりであるが、ここに明快なひとつの形を見せつけられた思いがしたのである。

本展タイトルの「沈黙の庭」とは、レイチェル・カーソンの著書「沈黙の春」からの引用である。破壊されゆく自然の姿同様、突き上げる創作の衝動とその造形化は、言葉よりも雄弁に見る者に語りかける。それは静かに、しかし深く長く一人一人の魂へと浸透し、私たちが自らの言葉を紡ぎ、自らの判断と意志で行動する契機へと切り結ばれていくことだろう。

言うまでもなく、彫刻家は誰しも、その量塊性・空間性・構築性・そして彫刻性についての葛藤と試行錯誤を繰り返す。松本は1970年代より、鉄や真鍮の板材との身体的関わり(例えば鉄パイプでそれを打ちのめす行為)を通し、構造と表面を探る「格闘の痕跡」としての作品を作り続けた作家であった。学生時代に金工の技術を身につけた松本が、近年、再び素材を慈しむように掌に受け止め、植物を写実的に彫刻するようになったその心裡には、やはり戦争と伝染病が不安と虚無を増長させる、暗黒の中世さながらの現在の社会状況が見てとれるようだ。 また、素焼きの植木鉢や有毒性液体廃棄物の回収ポリ容器の中を空洞にし、水で覆った表層に廃油を漂わせる今回の手法は、盆景に宇宙を内包させるわが国の文化や、その社会のはりぼて構造まで想起させる。

廃油の海のなかで沈黙し立ちすくむ失われた森の木は、抗い難い大きな力によっていままさに暗黒の奈落へと引きずり込まれようとしているのか。否、それは、大きな時間を内包した、再生と循環、浄化の象徴としてそこにあるに違いない。

その廃油の海に、見失った行方を再び求め、力強く小舟を漕ぎ出した作家松本雅之自身の姿があった。

 


虚無の予感 - 沈黙の庭へ -                SPC GALLERY 永倉知美

混沌たるイラク情勢…。松本雅之が今回発表する作品の制作動機には、開戦の予感があったといいます。劣化ウラン弾は必ず使用され、エコロジーや ホーリズムのムーブメントは、この戦争で台無しになってしまうかもしれない。人々は圧倒的な暴力の前でなすすべが無くなる・・・。そんな<虚無の予 感>が、松本のなにかを突き動かしたようです。

1953年生まれの松本雅之は、東京芸術大学大学院在籍中より個展による発表活動を開始し、多数のグループ展を通して常に現代を「検証」してきた彫刻家です。その四半世紀の活動は「芸術の社会化」と「社会の芸術化」を目指した様々な試みに及び、ホスピタルアートプログラムや癒しの空間づくりなど、アートを福祉や保健に役立てるための研究と実践にも携わることになりました。現在、東海大学健康科学部教授として多くの社会的活動を展開しています。

松本は、この企画のオファーに当たり、以下のようなコメントを寄せています。「ここ数年、個展での発表から遠ざかっていた私は、この時期にあえて発表の機会を持つべきだと考えました。制作の手を止めず、表現する試みを持続することが、美術家として <虚無の予感> に立ち向かう唯一の方法だと思い至ったからです。」

今回の個展では、廃油を蓄えた大型の植木鉢が、会場の床一面に配置されます。静かな廃油の表面には時折波紋が生じ、会場に流される株式市況のラジオ放送や砲撃音がこれに連動します。音響に連動した波紋のゆらぎは、見る人により、ある種のメッセージへと連なっていくことでしょう。

「兜町」という場、「米国」の世界戦略、「油」の持つ意味、いくつかの記号が絡み合いながら提示される予定です。それは、波紋の形状とともに見る人のそれぞれ の心に生起した、今という時代に重なる仕掛けを準備しているということです。この松本の表現を単なるプロパガンダとして受け止めるべきではないでしょう。

この閉塞的状況にある現代社会にあって、「一彫刻家の表現を、見る人自身が、様々な方法で解読していくための自由と広がりに委ねたい」という松本の願いは、彼自身が、芸術を福祉や保健に役立てるための方法を探求、実践してきたことと無縁なことではありません。

「芸術は、決して無力化されない」との意志。松本雅之7年ぶりの個展。久々の新作をぜひご高覧いただきたくご案内申し上げます。



PROFILE

松本 雅之(まつもと まさゆき) 彫刻家

彫刻家としての制作活動のほか、「芸術の社会化」を目指した様々な試みを行っている。ホスピタルアートプログラムや癒しの空間づくりなど、芸術的手法を福祉や保健に役立てるための方法の開発と実践にも携わっている。


1953  京都府生まれ
1978  東京芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修士課程修了
1994〜1995 ロンドン大学スレイドスクール訪問研究員
1995  東海大学健康科学部助教授
現 在  東海大学健康科学部及び大学院健康科学研究科教授


【個展】
1977〜1982まで毎年 松本雅之個展 楡の木画廊(東京・銀座)
1983  松本雅之彫刻展 −8月の表現シリーズNo9−ギャラリー・アメリア(東京・青山)
1984〜1985まで毎年 松本雅之展 −廃市− ギャラリーK(東京・赤坂、銀座)
1986  松本雅之展 −廃市− ルナミ画廊(東京・銀座)
1987  松本雅之展 −廃市− ギャラリー射手座(京都)
1987  松本雅之展 −廃市− 秋山画廊(東京・日本橋)
1988  松本雅之展 −廃市− 画廊パレルゴンII(東京・神田)
1988  松本雅之展 −廃市− アート・ハウス(群馬・沼田)
1989  松本雅之展 −廃市− ルナミ画廊(東京・銀座)
1989〜1993まで毎年 松本雅之展 −廃市−  ギャラリー・サージ(東京・神田)
1992  松本雅之展—廃市−ギャラリー・バレンタイン(長野)
1995  松本雅之展 −廃市−  ギャラリー・サージ(東京・神田)
2003  松本雅之展 −沈黙の庭−  SPCギャラリー(東京・日本橋)


【グループ展】
1974〜現在まで毎年(94除く) 行動美術展 東京都美術館他(80会員推挙)
1976  第七回行動新人選抜展 紀伊国屋画廊 (東京・新宿)
1977  第13回現代日本美術展 東京都美術館 京都市美術館
1979  SITY−MEDIA3 G.アメリア(東京・赤坂)
1980  千葉県新進作家展 西武美術館(千葉・船橋)
1980  第13回日本国際美術展 東京都美術館 京都市美術館
1980  INSIDE-OUTSIDE展 G.アメリア(東京・赤坂)
1981  視覚サーカス展 銀座松阪屋 (東京・銀座)
1982  第14回日本国際美術展  東京都美術館 京都市美術館
1982  POSITION展 G.アメリア(東京・赤坂)
1983  第4回北関東美術展 栃木県立美術館
1983  現代美術の新世代展 三重県立美術館
1984  同時代性の初話 埼玉県立美術館
1984  現代のユーモア 埼玉県立美術館企画展示室
1986  PADOCK part? エスパース ポイント(パリ)
1986  形式考−見えるものから− 画廊パレルゴンII(東京・神田)
1986  万象の変様−37の美術表現− 埼玉県立美術館
1986  コンタクタ ’86 O.A.G ドイツ文化会館(東京・青山)
1987  現代のイコン 埼玉県立美術館企画展示室
1987  ルナミ・セレクション ’87 Part.2 ルナミ画廊(東京・銀座)
1988  COLLECTION ‘ イメージトレーニング  画廊パレルゴンII(東京・神田)
1989  第19回現代日本美術展 東京都美術館 京都市美術館
1989  今日の視線・空間 アートスペース砺波(富山)
1989  現代彫刻の新世代展 清瀬市郷土博物館(東京)
1989  第一回KAZIMA彫刻作品展 鹿島アトリウム(東京・赤坂)
1990  第18回日本国際美術展 東京都美術館 京都市美術館
1990  オブジェクト展 愛宕山画廊(東京・銀座)
1991  第20回現代日本美術展 東京都美術館 京都市美術館
1991  卓上の彫刻展 アルクスギャラリー(東京・銀座)
1992  第21回現代日本美術展 東京都美術館 京都市美術館
1992  複合展 ギャラリー・サージ(東京・神田)
1993  ルナミ画廊30周年記念展 ルナミ画廊(東京・銀座)
1993  東大和市ランドアート展「慶性門」プロジェクト 多摩湖畔(東京)
1994  青森野外彫刻展’94  青森県立図書館 近代文学館
1995  Portes Ouvertes Japon 「開かれた扉・日本展」(パリ・バスティ−ユ)
1996  My House Your Houseギャラリー・サージ
1996  日仏現代美術交流「共鳴する場へ」旧立誠小学校校舎(京都・木屋町)
1996  20×20−展  ギャラリー・マロニエ(京都・河原町)
1996  RESONANCE展 ギャラリー楽(京都)
1998  「アートハウスの10年」展 ノイエス朝日 ペーパーテック(群馬・前橋)
1999  「アートハウスの10年」展 Part2ギャラリースペース21(東京・銀座)
2000  オリエ・アートギャラリー オープニング展(東京・北青山)
2004  スローアート展「わ」 SPCギャラリー(東京・日本橋)
2005  Rotation of Axes 1 SPCギャラリー(東京・日本橋)


松本 雅之 氏(まつもと まさゆき さん = 彫刻家、東海大専任教授)2012年12月9日午前8時20分、食道がんのため神奈川県厚木市の自宅で死去、享年59歳。慎んでご冥福をお祈り申し上げます。